20代前半の畑中はそれまでの商社を辞めて、水商売の世界に入る。はたして、愛読小説の中に見た男たちの壮絶なドラマは繰り広げられたのか?想像に描いていた通りの実力の世界だったのか?これは畑中が若かりし頃・・・20年程前の物語である・・・

2009年04月01日

第三話

営業面で店長はホールを見なくなり、私はウェイター業務を卒業し、女の子の付け回しを任された。

付け回しとは、コンパニオンの移動を指示して、効率よく指名テーブルを回らせたり、テーブルの様子を観察して、コンパニオンを入れ替えたりする業務である。

また売上向上の為に、女の子にオーダーを追加するように促しながら、テーブルに付けていく事もある。

付け回しは基本的にホール担当なので、ホールの事はすべて把握していなければならない。

すべてのテーブルの会話を知っていなければならないし、客が退屈していないか、金をいくら使ったかも考えなければならない。

勤勉な付け回しと怠慢な付け回しとでは、売り上げにも雲泥の差が出てしまう。



望月は私が主任になってからというもの、時間が空けば必ず話しかけてくるようになっていた。

自分が水商売に入る前は証券会社に勤めていた事、目標は店の売り上げではなく、部長となり横浜プリンスの何十店舗もの店を統括する事、それから、水商売をやっていく上での自分の考え方。

「水商売に入る男は普通に世の中でやっていけない奴らが殆んどだ。
吹き溜まりだよ。
だから俺たちは人が遊んでいる時に働いて、そいつらよりも高い報酬を手にするんじゃないか。
大金を掴まなきゃ水商売をやっている意味ないぞ」

内容は彼の主観が殆んどであったが、会話を嫌っていたと思えていた望月が熱く語ってくる、その行為に私は喜びを感じていた。

「仕事中でも、お前は質問が少ないよな」

「言われた事を実行して、自分で考える事が、今の自分の仕事だと思っていますから」

「それはいい」

私からの会話は少ないが、私は望月を尊敬し、慕っているのかも知れなかった。



主任になってからは、むしろコンパニオンである女の子と話す事を強要される。

営業終了後、望月に今日はコンパニオンと話したかと訊かれるのだ。

営業中でも時間をとって話さなくてはならない。

指名テーブルがある場合も、テーブルから呼んでコンパニオンと会話をする。

内容は何でもいい。

常に話し掛けるように心がけた。

無口だと思われていた私の言葉には、誰もが耳を傾けた。

自分の恋人のように関心を示し、自分の恋人のように話し掛けるのだと教えられた。



朝礼は私が進行していた。

挨拶、点呼、今日のスケジュール、心がける事、そこに店長である望月の一言である。

私にはまず、コンパニオン五人の担当が配分された。

その子たちの出勤を増やし、売り上げを伸ばす為の担当だ。

その後、望月が転勤になり店長が替わるまで、望月と半分ずつ担当を任される事になる。



私は出勤すると相変わらずトイレ掃除を行っていた。

他の業務に支障をきたさなければいいのだ。

主任の私がトイレ掃除を行っているのだから、新人はそれを見て、さらに動かざるを得ない。

トイレ掃除を終えると、その日、出勤の子を出勤盤に揃える。

名前が札になっており、出勤の子はおもてにして提げるという物だ。

それを事務室のよく見える所に置き、その日の職務配置表を書き込む。

誰がウェイター、誰が客引き、誰がフロント案内、誰がリスト付け、誰が付け回し、という物である。

さらに売上目標、客数、客単価などを決定して書き込む。

食事を済ますと出勤する女の子たちへの電話で、何時に出勤するのか、客は呼んだのか、同伴はするのか、事細かに会話の中に織り交ぜていく。

十八歳、十九歳という年齢の子たちを扱っているウチの店などは、往々にして女の子に時間通り出勤させる事に苦労した。

必要な事しか話さない水商売の男の縦社会とは裏腹に、どうでもいい雑談で女の子を楽しませる。

これが必要なのである。

人間関係が出来上がっていないと、やりにくい仕事だった。

午前二時、営業が終わると、その日の売り上げを計算し、個々の売り上げに分けていく。

色々とやることはあり、帰れるのは朝となっていた。



しばらく経つと今度は、もっとコンパニオンに叱る事を望月から求められた。

コンパニオンとの人間関係が出来上がってきた証拠だ。

それからは凄く厳しく叱った。

よく出来た時にはよく褒め、感謝もした。

そうなってくると、もう、こちらのペースだった。

面白いように売り上げも上がる。



店長の望月は転勤となった。

コンパニオンである女の子と関係し、トラブルを起こしたからだ。

普通なら百万円の罰金を徴収され、解雇となる。

入社する時にそういった内容の文面に皆、署名をしているからだ。

上層部から認められ、気に入られてもいた望月は、他店へ転勤させられ、副店長に降格する事だけで済んでいた。



新しい店長が他店から配属されてからは、店長よりも私の方に女の子たちが慣れている為、ほぼ全員の面倒をみた。

店長は売れそうな子だけ気に留めていればいいのである。

主任は主任の仕事をこなせばいいだけではなく、上司が全ての面で楽をするようにサポートをし、初めて上が見えてくるのだ。

店長は替わったが私は望月のやり方や方針が気に入っていた為、その方針を貫いたが他店から配属されたその店長は、自分の方針を打ち出そうとはしなかった。

私は自分の店だという感覚で、売上高を更新していった。

朝まで売上計算やミーティングを行い、昼頃には新しい子を揃える為に、会社でスカウト要員として雇われている、十代の若い衆たちと共に街に繰り出し、女の子に声をかけるという日々が続いた。



「畑中、ちょっといいか」

営業が終わってから来ればいいものを、と思いながら私は部下に店内を任せ、次長の後について奥の事務室に向かった。

この男が営業中に雑談をしにやってくるのは何度目だろうか。

「お前にしか出来ない事がある」

言葉には期待させるニュアンスが含まれていたが、私は嫌な気分に襲われた。

「一部の幹部で話し合ったんだ。
今のプリンスに本部長はいらない」

「それで、俺に何が出来るんですか?」

「店長の上にいる山田さん、知ってるだろう。
店部長の。
彼は本部長が引き抜きで連れてきたんだ。
仕事もろくに出来はしない。
山田さんと問題を起こせよ。
きっかけは何でもいい。
喧嘩すればいいんだ」

「上司とですか?」

「俺がやれと言ってるんだよ。
お前の事は俺が守ってやる」

「この事は、望月さんも知ってるんですか?」

「ああ、知っている。
そうか、お前はずっと望月の直属だったもんな」

望月からは何の連絡も来ていない。

恐らく、望月に意見する権限はないのだろう。

こんなやり方をいいと思っているはずはなかった。

しかし、私にも選択の余地はない。
Posted by H (agent045) at 05:00 │第三話