2009年04月01日
第五話
新店をオープンして二ヶ月経った頃、やはり私は辞める事を上司に告げた。
店は軌道に乗っている。
その店の店長である外谷は器が大きいのか怠慢なのか、分からない程の謎めいた男だった。
私が辞めると言っても、ただ笑っているだけなのだ。
しかし、私はその男が嫌いではなかった。
仕事上でも全て分かっていて、何も言わないタイプのように思えた。
その男と話していると自分でも本当に辞めたいのか、どうなのか分からなくなってくる。
そんなある日、営業が終わると、店長の外谷から飲みに誘われた。
再び同店に配属された武田も一緒だ。
私と同期で、他社での水商売暦が三年の男であるが、未だに昇格せず、ウェイターのままだった。
飲み屋に着くと同社他店の主任である千葉もいた。
その男は外谷と共に、何年も水商売を渡り歩いてきた男で、以前の店の副店長である赤上を含む三人で、ずっと同じ道を歩んでいる。
雑談を交わしながらグラスを傾けていた。
こんな男たちと飲むのも、そう悪くない。
武田は既に顔を赤く染め、眠そうな目を一生懸命に擦っている。
いきなり外谷が「俺はこんなトコには、居たくないんだよ!」と声を張った。
何を言っているのか分からなかった。
他で飲みたいのだろうか。
「お前も、この会社の汚い部分を見てきた男だろう。
畑中、俺は店を出す。
遠い話じゃないよ。
他の奴には言うな」
私は黙って頷いた。
ヤバイ話だ。
酔っ払っているのか・・・。
しかし、外谷は私を真っ直ぐに見て言った。
「この話にゃ、赤上も一枚噛んでる」
私が望月の他に男惚れしていた同社他店の副店長だ。
同じ店で働く事などない頃から、よく飲みに連れて行かれ、二人で語り明かした事もある。
トラブルを防ぐ為、同じ会社にいても、他店の者との交流は禁止に近かったので、お互い秘密の出来事としていた。
赤上には気に入られ、認められてもいた。
同じ店で勤務した事もある。
「あいつと俺は親友みたいなもんで、千葉と三人で今までずっと一緒だったんだよ」
この三人の話は赤上からも聞かされていた事だ。
「また一緒に組んで仕事をするんだ!
お前も一緒だ畑中!
もう、お前のマンションも用意してある。
俺はお前の事をよくは知らないが、赤上がお前じゃなきゃ絶対イヤなんだとよ!」
驚きと感動が同時にやってきた。
しかし、私には水商売を続けていく気はない。
「俺はやるぞ畑中。
俺について来い!
惨めな思いはさせない。
お前には支配人として来てもらうつもりだ!」
笑っている。
「オープンは秋だから、お前は今の店にいて、俺がゴーサインを出したらコッチに来い!
俺はそろそろ姿を消すから。
それから女を引っ張って行くつもりは無いよ。
心配するな。
もう土壌は出来上がっているんだ。
場所は八王子。
俺らの上にはビッグな人が付いている。
東京で有名な「CATS」という店を成功させた人で西さんという。
俺らはココに来る前に、ずっとその人の下でやってきたんだ。
プリンスがタチウチ出来る人じゃない。
お前にもいずれ会ってもらう」
それから、私と一緒に来ていた武田に向かって「お前はどっちでもいいぞ。自分が来たいと思ったら来ればいい。誰と仕事をしていきたいか自分で考えるんだ」と言った。
武田は目を擦りながら黙って頷いた。
私が家に着いたのは昼過ぎである。
これまでにない、ひどい泥酔状態だった。
ハッとした。
時計を見ると既に十八時をまわっている。
携帯電話は着信があった事を表示しており、調べると同じ店の支配人である佐々木から、何度も呼び出しがあった事が分かった。
私はすぐに佐々木へ電話を入れ、寝坊した事、営業までには間に合う事を伝えた。
それからは猛ダッシュである。
店に到着すると、すぐに佐々木に頭を下げて謝った。
彼は「お前らがいないと大変だよ」と悲しい顔で答えるだけだった。
拍子抜けをした。
私は一発食らう覚悟でやってきたのだから・・・。
しかしその直後、私は自分の血が凍りつくのを感じた。
次長が店に来ていたのだ。
そして店長の外谷と武田はまだ出勤してきていない。
次長がこの時間に店にまわって来る事は稀だった。
「こいつが一人で掃除とセッティング、女の出勤確認をしたんだぞ」と次長が私に向かって普通に言った。
私には謝る事しか出来なかった。
そこへ血相を変えた武田が飛び込んできた。
遅刻の平謝りをして、佐々木から張り手を食らっている。
そして、佐々木は武田に「次長が訊きたい事があるってよ」と親指で指し示した。
武田が奥の事務室へ連れて行かれる。
私は店内の死角になっている所から外谷へ電話を入れた。
「おー寝過ごしちまった。
今から行くから佐々木には巧く言っといてくれ」
「いや、俺たち皆、寝坊してしまいまして、変に思われたみたいです。
次長が来ていて、今、武田が事務室に連れて行かれました。
千葉主任は出勤したんでしょうか?」
電話の向こうで大笑いをしている。
この男はこんな時でも笑っていた。
「分かった。
俺はこのままフケるよ。
千葉も恐らくは、出勤しないで寝ているな。
武田は吐くかも知れないが、お前は自分が俺のトコロへ来ようと思っている事は、とぼけろよ。
じゃあな!
また連絡をくれ」
切れた。
アッケラカンとしたものだ。
しかも、私はまだ行くと返事はしていない。
武田が神妙な顔で事務室から出て来て私の番だと言った。
店は軌道に乗っている。
その店の店長である外谷は器が大きいのか怠慢なのか、分からない程の謎めいた男だった。
私が辞めると言っても、ただ笑っているだけなのだ。
しかし、私はその男が嫌いではなかった。
仕事上でも全て分かっていて、何も言わないタイプのように思えた。
その男と話していると自分でも本当に辞めたいのか、どうなのか分からなくなってくる。
そんなある日、営業が終わると、店長の外谷から飲みに誘われた。
再び同店に配属された武田も一緒だ。
私と同期で、他社での水商売暦が三年の男であるが、未だに昇格せず、ウェイターのままだった。
飲み屋に着くと同社他店の主任である千葉もいた。
その男は外谷と共に、何年も水商売を渡り歩いてきた男で、以前の店の副店長である赤上を含む三人で、ずっと同じ道を歩んでいる。
雑談を交わしながらグラスを傾けていた。
こんな男たちと飲むのも、そう悪くない。
武田は既に顔を赤く染め、眠そうな目を一生懸命に擦っている。
いきなり外谷が「俺はこんなトコには、居たくないんだよ!」と声を張った。
何を言っているのか分からなかった。
他で飲みたいのだろうか。
「お前も、この会社の汚い部分を見てきた男だろう。
畑中、俺は店を出す。
遠い話じゃないよ。
他の奴には言うな」
私は黙って頷いた。
ヤバイ話だ。
酔っ払っているのか・・・。
しかし、外谷は私を真っ直ぐに見て言った。
「この話にゃ、赤上も一枚噛んでる」
私が望月の他に男惚れしていた同社他店の副店長だ。
同じ店で働く事などない頃から、よく飲みに連れて行かれ、二人で語り明かした事もある。
トラブルを防ぐ為、同じ会社にいても、他店の者との交流は禁止に近かったので、お互い秘密の出来事としていた。
赤上には気に入られ、認められてもいた。
同じ店で勤務した事もある。
「あいつと俺は親友みたいなもんで、千葉と三人で今までずっと一緒だったんだよ」
この三人の話は赤上からも聞かされていた事だ。
「また一緒に組んで仕事をするんだ!
お前も一緒だ畑中!
もう、お前のマンションも用意してある。
俺はお前の事をよくは知らないが、赤上がお前じゃなきゃ絶対イヤなんだとよ!」
驚きと感動が同時にやってきた。
しかし、私には水商売を続けていく気はない。
「俺はやるぞ畑中。
俺について来い!
惨めな思いはさせない。
お前には支配人として来てもらうつもりだ!」
笑っている。
「オープンは秋だから、お前は今の店にいて、俺がゴーサインを出したらコッチに来い!
俺はそろそろ姿を消すから。
それから女を引っ張って行くつもりは無いよ。
心配するな。
もう土壌は出来上がっているんだ。
場所は八王子。
俺らの上にはビッグな人が付いている。
東京で有名な「CATS」という店を成功させた人で西さんという。
俺らはココに来る前に、ずっとその人の下でやってきたんだ。
プリンスがタチウチ出来る人じゃない。
お前にもいずれ会ってもらう」
それから、私と一緒に来ていた武田に向かって「お前はどっちでもいいぞ。自分が来たいと思ったら来ればいい。誰と仕事をしていきたいか自分で考えるんだ」と言った。
武田は目を擦りながら黙って頷いた。
私が家に着いたのは昼過ぎである。
これまでにない、ひどい泥酔状態だった。
ハッとした。
時計を見ると既に十八時をまわっている。
携帯電話は着信があった事を表示しており、調べると同じ店の支配人である佐々木から、何度も呼び出しがあった事が分かった。
私はすぐに佐々木へ電話を入れ、寝坊した事、営業までには間に合う事を伝えた。
それからは猛ダッシュである。
店に到着すると、すぐに佐々木に頭を下げて謝った。
彼は「お前らがいないと大変だよ」と悲しい顔で答えるだけだった。
拍子抜けをした。
私は一発食らう覚悟でやってきたのだから・・・。
しかしその直後、私は自分の血が凍りつくのを感じた。
次長が店に来ていたのだ。
そして店長の外谷と武田はまだ出勤してきていない。
次長がこの時間に店にまわって来る事は稀だった。
「こいつが一人で掃除とセッティング、女の出勤確認をしたんだぞ」と次長が私に向かって普通に言った。
私には謝る事しか出来なかった。
そこへ血相を変えた武田が飛び込んできた。
遅刻の平謝りをして、佐々木から張り手を食らっている。
そして、佐々木は武田に「次長が訊きたい事があるってよ」と親指で指し示した。
武田が奥の事務室へ連れて行かれる。
私は店内の死角になっている所から外谷へ電話を入れた。
「おー寝過ごしちまった。
今から行くから佐々木には巧く言っといてくれ」
「いや、俺たち皆、寝坊してしまいまして、変に思われたみたいです。
次長が来ていて、今、武田が事務室に連れて行かれました。
千葉主任は出勤したんでしょうか?」
電話の向こうで大笑いをしている。
この男はこんな時でも笑っていた。
「分かった。
俺はこのままフケるよ。
千葉も恐らくは、出勤しないで寝ているな。
武田は吐くかも知れないが、お前は自分が俺のトコロへ来ようと思っている事は、とぼけろよ。
じゃあな!
また連絡をくれ」
切れた。
アッケラカンとしたものだ。
しかも、私はまだ行くと返事はしていない。
武田が神妙な顔で事務室から出て来て私の番だと言った。
Posted by H (agent045) at 03:00
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